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あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます、TAKKです。
今回は雑記というよりも宣伝色が強めです。新年早々ごめんなさい。

まずはじめに、本日から16日までのあいだDMM様で開催中の半額キャンペーンに我々TAKKも『Hypnotic Dystopia TypeA ~ヤンデレA.I.と爬虫類エイリアンズの快楽調教責め催眠~』で参加中です。可能なら事前に告知しておきたかったのですが、サプライズとして伏せておいて下さいとのことでしたので、開催後のお知らせとなりました。TAKKの作品以外にも300件ほどキャンペーン作品があるようですので、興味のある方はトップにあるHDTypeAの記事かこちらからDMM販売ページへどうぞ。


続きまして、新作の進行状況等の告知です。
『Hypnotic TSF(以下、HTSF)』の最新情報をお伝えするとお知らせしておりましたが、製作状況の事情で、今回は別作品のご紹介となります。と言いますのも、複雑な構造になるHTSFの編集作業のロードマップを計算したところ、以前に少しだけお伝えした別作品のほうが早くに完成することになるかもしれないと分かったからです。まだ確実にそうと決まったわけではありませんが、今回はそちらの一作の概略を告知させて頂きたいと思います。
タイトルは『Hypnotic Orient(仮)』で、エジプト神話を題材にした一作です。TSモノではなく、快感による絶頂を通じてのドライによる恍惚感を目的としています。具体的には、古代エジプト人の死生観に同調して頂いた後に、ミイラ化、審判、昇天、復活という順序で進む作品になる予定です。審判とは、死者の書(Coffin Texts)に登場する“心臓の計量”の場面をモデルとしたもので、楽園(絶頂)へと至るために魂が清らかであるかどうかをラーの天秤とマアトの羽根でチェックされるというもの。……詳細はお楽しみとしておきますが、その中でのプレイ内容は、永遠の処女であるイシス様に騎乗位で連続絶頂させられて欲望を徹底的に吸い出され、浄化される……と、大まかに記述するとだいたいそんな感じになる予定でございます。
こうした魂の計量はプシュコスタシア(psychostasia)と呼ばれ、神話などではよく見られる題材なのだそうですが、エジプト神話におけるそれは他のものに比べても暗喩が実に見事で、ウットリしてしまうほどです。これ以外でも古代エジプトにおける死生観はとても興味深いものですので、興味のある方は調べてみてください。

さて、そういうわけでTAKKからの告知と雑記でした。
どちらが先に完成するかはまだ分かりませんが、何れにしても販売時期は3月あたりになりそうです。
もうしばらくお待ちくだされば幸いでございます。


今回はここまで。
それでは、また次回!

年末のご挨拶とTSに関して。

本年も押し迫って参りました。
皆様、いかがお過ごしでしょうか。TAKKです。
少し間があいてしまいました。久しぶりの雑記でございます。

まずはじめに、現在DMM様にて発売中の『Hypnotic Dystopia TypeA』が、
販売数200本を達成いたしましたことをご報告させて頂きたいと思います。
ご購入下さいました皆様、ならびに、Dystopiaシリーズの製作にご協力下さった方々に、
サークル一同より、厚く御礼申し上げます。
当シリーズの続報も近いうちにご報告させて頂きますので、
変わらぬご愛好のほど、何卒よろしくお願い致します。


TAKK最新作となる『Hypnotic TSF』も大詰めの段階。
年末ということもあり、声優様へのご連絡、調整等に手間取っておりますが、概ね順調。
年明け後、ひと段落した折にでも、進展のほどをお知らせできればなと考えております。

さて、今回の雑記は――“TSの魅力って?”というテーマでやってみたいと思います。
TS、もしくはTSFとは、異性への性転換を扱うフィクションである……と、ウィキペディアから引用してみても仕方がありませんので……例によって少し見方を変えて、“TSFとは何か?”を探るために、“これはTSFなのか?”と考えていきたいと思います。
TSFに最も近いジャンルのひとつは、恐らく、『女体化』と呼ばれるものではないでしょうか? というか、これは、ほとんど同義語として扱われているように思われます。実際、この別は非常に曖昧で――語義的なことに限って言えば、TSFは『男性→女性』への変化のみに限ったことではありませんので、『女体化』とは、より限定的な(同時に、無生物などの擬人化の一部も含む多義的な)表現であると言えるでしょうが――本質的な面での話となると、これはもうご当地ルールよろしく、各々のコミュニティー内で線引きするしかないのでは、と思います。一応のところ、二次創作系は『女体化』と呼称するという認識が強いように感じますが、明確に決められてはいないようです。
同じような曖昧さが、男の娘、女装+ショタ、TSFの三者間にも存在します。語義を根拠に、TSFと女装はイコールではないとするのは簡単だと思いますが、しかし、男の娘と女装ショタをイコールとすべきか否かでは議論が発生するでしょうし、また、その男の娘とTSFはイコールになり得るのか否かという点でも、一応の議論は必要でしょう。

そういうわけで……TSモノを出すにあたり、まずは『TAKKのTS観』を明示しておこうかしらと思った次第でございます。専門的な協議を重ねた結果ではありませんので、曖昧な定義になるやも知れませんが、その点は何卒ご容赦下さいませ。
さて、TAKKの考えるTSとは……主に、次の三点に集約されます。

1、性転換そのものに重点を置き、それに関わる心境の変化を追うものである。
2、変化は主観において不可逆的と認識されるものである。
3、基本的に受容的なものである。

1は、よく言われるTSFの定義のひとつですね。つまり、『女性の快感は男性の数倍という話だからそれを体感してみよう!』等というだけのものでは、TSFとしては不十分である……という主張ですね。自身が変化したことによる他者の変化(女性化した場合のよくある例としては、男性からの性的な視線を感じて不快に思うという描写など)や、価値観や性格の変化(細々したもので身を飾り、それを壊してしまわぬように女性らしく丁寧に振舞うようになっていく……あるいは、自身の肉体を自慢げに見せびらかして相手を手玉に取るようになっていくなどの過程の描写)が肝要だと考えます。TSFにおいての性衝動に関することは――3番で説明していますが――あくまでも、そうした心境の変化の副産物であるに過ぎないのだと思います。

2は要するに、某漫画のように『水をかぶると女になっちゃうふざけた体質。……あ、でもお湯かければ戻るよ』というようなインスタントな変化は、TSFとしては好ましくないということです。それはあくまでも女体化、もしくは変身(TF)であって、TSFではないのです。“元に戻ることできる”のであれば、それは、ただ単に特殊能力が付与されたというだけになってしまいます。……例えば、ハリーポッターで透明マントを得た主人公たちは、どうしたところでキャッキャウフフのジュブナイル的な心境でしかありませんが、同じ透明化でも、H・G・ウェルズの『透明人間』(映画インビジブルでもいいですが)で永続的に透明人間でいなければならなくなった主人公の心境はまるで違うわけで……これと同じように、変化の永続性を示唆しない『女体化』、ジキルとハイドのように徐々に蝕まれていくような作品以外の『変身』といったジャンルと、『TSF』というジャンルの間には、交わり得ないハッキリとした差異があるのです。ここで重要なのは、本人が『お湯をかければ戻る』というような情報を得ているかどうかという点です。仮に、例の赤いオサゲの女の子が『お湯をかければ戻る』という情報を知らないのであれば、それはTSFになり得るのだろうと思います。『主観において不可逆的と認識されている』とは、要するにそういうことです。

3でいう『受容的』とは、端的に言うと『相手がそう望んだから、自分はそうなるのだ』という思考のことを指しています。言い方を変えると『滅私奉公』――というと大げさかも知れませんが、ある種の、個の消失。他者(多くの場合、異性)の望みを鏡のように映す存在になるというわけです。ここで重要なのは『受容的である=性的にMである』とは限らないという点です。例えば――『Hypnotic TSF』がまさにそうなのですが――童貞ショタが交尾の仕方が分からず困っているなら、あなたはそれをリードする『年上の女性』となるし、同時に、男性諸氏なら妄想するであろう『どんなにイッても続くセックス』という直球ど真ん中の欲望を(一度、男性側に添付し)実現してあげることによって痴女的な存在ともなるわけです。むろん、相手が精力旺盛な男性で陵辱が好みであると感じられたならば、それに応じて、あなたは徐々に快楽の虜になるといった具合に性質を変化させていくのですが……何れにせよ、TSFにおける自己認識の原点は『相手が望む形』になる傾向があると思うわけです。なぜこんな発想になったかと言うと、台本執筆中、ふと『TS化した後、異性からの誘いを最終的にも拒む場合ってあるのかしら?』と考えたからです。少年誌など、媒体の限界で必然的に拒む形になることはあっても、本質的に受け付けないから最後まで拒み続けるという状況は想像できませんでした。

そんなわけで、総括。TAKKの考えるTSFとは!
女性化というに留まらず、何者をも受け入れる“女神化”――というか、自身の中に存在する(一般論ではなく、あくまでもあなた個人が思い描く)完璧な女性像の投影という意味で――自身の“偶像化”である。

以上でございます。
男性化を考慮に入れていない気もしますが……女性化を女神化とするなら、男性化は“神化”ですので、これは能力拡張などによる全能感の付与(HDTypeB以降のテーマのひとつ)に近いものだと思います。瞑想による変性意識状態、悟り(と感じてしまう何か別の多幸感)に近いものとすると、実現は難しくないと思いますが、アダルト催眠とするべきかどうかが悩みどころ。一応の概略として、仏陀とマーラの話を元にした『ブラック&ホワイト』的な作品は製作予定にありますが、これは神化というより、「ふたなりマーラちゃんが誘惑してきて、その誘いにのってセルフしちゃったらドライ失敗ってゲームは面白いんじゃないの」という感じ。TSFとは完全に別のお話なので、これはまたの機会にでも――

さて、長々と書き記して参りましたが、これが今年最後の更新になるかと存じます。
簡単ではございますが、本記事を、本年ご懇意にして頂きました皆々様へのご挨拶と代えさせて頂きます。
これからも精進して参りますので、来年もご贔屓のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。

一年最後が締まらない感じになってしまいましたが、
皆様は、どうぞお健やかに新年をお迎えになられますよう、お祈り申し上げます。

それでは、また来年!(たぶん)
TAKKでした。

催眠暗示の定義と限界の模索。

TAKKです。
最近の雑記はアイデア一覧が続いていましたので、今回は久しぶりに催眠に関する考察を記してみたいと思います。雑記全般に言えることですが、書く内容を事前に決めているわけではないので、話の筋がナックルボール並にブレるかも知れません。そうなったらゴメンなさい。

さて、それではまず……催眠とは何か、そして、催眠はどこまで出来るものなのかを考えてみたいと思います。
催眠とは何かというテーマは、たしか第一回目の雑記でもやったように思いますので、少し趣を変えて……『これは催眠と呼べるのか』という考え方でやってみたいと思います。これは催眠と呼べるのか……例えば、洗脳とマインドコントロール(以下、MC)は催眠の一種なのでしょうか。辞書によると、催眠とは『眠くなること。薬や暗示などによって睡眠に似た状態にすること』なのだそうです。この『睡眠に似た状態』が変性意識状態のことを言っているのだと仮定すると、洗脳とMCの最も大きな違いは『肉体的な強制力(暴力、脅迫、薬物など)を用いているかどうか』ですので、辞書(大辞林)の定義では、両方とも催眠暗示の一種であると言えるようです。……また、MCに関する有名な書籍のひとつである『マインドコントロールの恐怖(スティーブン・ハッサン著)』の中でも語られていますが、『教育』というものも、見方によればMCの一種であり、催眠暗示の要素を含んでいるものだと言えます。(ただしスティーブン氏は著書の中で、『教育もマインドコントロールでは?』という問いに対して、MCの定義との類似点がいくつかあることは認めながらも『それは違う』という趣旨を述べておられます。このMCの定義のほかに、カルトの手口なども詳細に書かれており、とても面白くて参考になる一冊ですので興味のある方は是非)

……と、こうして『洗脳やMCも催眠暗示の一種である』とすると、とある疑問が頭に思い浮かびます。それが、催眠はどこまで出来るものなのか? という次のテーマです。

皆さんは、『催眠によって自殺や殺人を実行させることはできない』というような話を耳にしたことはありませんか? これはつまり、『催眠を用いて、被術者に(無意識においてさえ)望んでいないことをさせるのは不可能』という理屈から来るものです。催眠になんてかかるものかと思っている人間に催眠はかけられない、というわけですね。……確かに、それはそうなのでしょう。よく『催眠なんてインチキ。オレがかからないことを証明してやる』というスタンスでやってくる方がいらっしゃいますが、以前の雑記でも言った通り、そもそも催眠とは被術者の中に存在するものを拡大、あるいは制限する術であり、被術者の中にまったく存在しない要素を(薬を投与するがごとく)施術者が外部から加えてやるといったものではないのです。であるから、『自殺や殺人のような行為をさせることはできない』という話になるわけです。
……しかし、それではMCや洗脳を用いる破壊的なカルトが関係している数々の事件は、どう説明すればよいのでしょうか。リンチによって殺害し、劇薬を用いて虐殺を行い、数百人の信者らに集団自殺を実行させる……すぐに思いつく有名な話だけでも、催眠には出来ないことをいくつも行っているように思われます。……ということは、MCや洗脳は催眠の一種ではないのでしょうか。あるいは、催眠によって望んでいないことを実行させるのは不可能という話が誤りなのでしょうか。
いえ、決してそうではありません。MCと洗脳は催眠行為の一種であるし、望んでいない行為を催眠によって実行させることはできない……この矛盾しているように思われる二つの点は、三つ目の点を打つことによって両立させることができます。即ち、催眠とは『ある物事に対する認識を錯覚(強化、弱体、変質)させることができるものである』という点です。
つまり、個人的な見解として結論から延べますと、催眠とは『鍵穴を変えることで扉を開ける万能キー』なのです。分かり易い例として、先にあげたカルト関連の暴力的な行為をあげますと、殺人や虐殺は“救済”という形で、集団自殺は“解脱”や“祝福”という形で実行される(させる)ものであり、それは実行者……つまりは被術者からすれば『殺人』や『自殺』ではない何らかの『聖なる行為』であるから『本人が望んでいない行為』には該当せず、実行可能……というわけなのです。
物事の本質を錯覚させることで実行させるという手法は、何も特殊なことではありません。どのようなカルトであれ、テロリスト集団であれ、または、どのような国家、組織、団体……あるいは個人においても、脳機能がすべて正常である限り、行為の正当化を行わずに何かを実行できる人間は存在しないのです。この点で重要なのは、健常者であれば、どのような行為においても正当化は必ず行うものであるということ、正当化は“実行前”に行わなければならず、“実行後”に正当化するのは非常に困難であるということです。正当化を行わずに望まぬ行為を実行した場合、人の心は大なり小なり何らかの不具合を引き起こしてしまいます。……マインドコントロールを解除することが難しい理由は、多くがこのことに起因しているのです。(過失によって意図せず誰かを傷つけてしまった、もしくは殺めてしまったという場合の人の反応を考えれば、これは感覚的に分かり易い話ではないでしょうか。過失事故を起こしても悪びれない人間はいるだろうと思うかも知れませんが、そうした“アウトローのように振舞う”という行為もまた、実行後の正当化のひとつの形だと言えるでしょう)

ここまでの記述をまとめると、要するに催眠とは――『薬や暗示を用いて睡眠に似た状態にすることであり、MCや洗脳もこれに含まれ、被術者が望んでいない行為を実行させることはできないが、その行為の本質を被術者に錯覚させることは可能なものである』――となります。
……さて、こうなると気になることがひとつ。本人の望まぬ行為を実行させるために必要な時間(錯覚させるのに必要な時間)はどれぐらいなのか、という点です。もちろん個人差はあるので、何年かけようがダメな人はダメなわけですが、平均するとだいだい三ヶ月必要だとか、いやいや一日あれば十分だよとか、正確なところは何も分かっていないのが現状です。ただハッキリしているのは、監獄実験では6日以内に、ミルグラム実験においては即座に『正当化』が行われ、行為が実行されたということ……閉鎖的な環境などの適切な条件さえ整っていれば、多くの人は非常に短期間のうちに『本当は望んでいないこと』を実行してしまうものなのだということです。

最後に、言い添えておきますが――先にも述べましたが――教育もひとつのマインドコントロール。これは言い方を変えれば、MCとは使い方次第で社会的にも個人的にも、とても有益な効果をもたらすことができるものであるということです。だから大事なのは、自分は何を求めているのか、それをしっかり自覚するということ……そうでなければ、それが意思に反するものであるかどうかの判断など出来るわけもありません。良いも悪いもリモコン次第、“げに恐ろしきは人の心なり”――とは、羅生門の一文だったか。いや、“恐ろしきは人の業”だったか。確かに見たはずのものが思い出せないとは……いやはや、まったく、げに恐ろしきは顕在記憶の不確かさなり。こうなると次回は、この顕在記憶(頭に記憶されている、一般的な認識で言うところの記憶そのもの)と潜在記憶(体で覚えているといったような、意識下の記憶)の差を利用した催眠暗示の可能性についてを書こうかしら……と、そんな記述を残すのも、ブログという名の外部記憶に依存した、げに悲しきこの不確かな心ゆえのことでございます。

そんなところで、今回は終了。
それでは、また次回!

御礼とご報告。

TAKKです。
現在、『Hypnotic Dystopia TypeA』の編集作業は、最終調整の段階でございます。
この調子であれば、今月の15日までには販売を開始することができそうです。
申し訳ありませんが、今しばらくお待ち下さいませ。

また、おかげさまで、無料公開中の作品『Hypnotic Dystopia』のダウンロード件数が1500件を超えました。まったく予想外のことで戸惑ってもおりますが、多くの皆様にご視聴いただきまして、サークル一同、とても感激しております。

今後とも、どうぞご愛好のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。


TAKKより、簡単なお知らせでした。
それでは、また次回!

ディストピアとヘミシンク。

TAKKです。
無料公開中のアダルト催眠音声作品『Hypnotic Dystopia』が、ダウンロード数で800件を超えました。誠にありがとうございます。DLサイトの方からダウンロードして頂いた分はカウントされないので分かりませんが、サークル一同、多くの方々に興味を持って頂けて感激しております。『Hypnotic Dystopia TypeA』の編集作業は順調に進んでおります。あと数日で作業を完了し、販売申請できる見込みです。

さて、そこで今回は、作品内で使用している“ヘミシンク”に関して、とろとろと書き記していきたいと思います。諸説あるものも、わたしの印象で書き記している場合があると思いますが、ご容赦下さいませ。

ヘミシンクですが、本来、これ自体は“催眠暗示”と直接的な関係のあるものではありません。というのも、開発者であるロバート・モンローという学者は『変性意識状態』を中心に様々な超心理学的な研究をしていたそうなのですが、モンローの言う(というか、彼が捉えていた)『変性意識状態』とは、体外離脱(幽体離脱)や明晰夢などにおける超常体験時のものを主としているように思うからです。ですので、『変性意識状態』という言葉自体には薬物や催眠によるトランス状態なども含まれるようですが、このヘミシンクは『変性意識状態への移行をサポートするもの』ではあっても『催眠状態になるために開発されたもの』というわけではありません。
しかし言うまでもなく親和性は抜群であるため、催眠作品には国内海外問わず多数使用されているようです。以前にも記述しましたが、海外などにおいては“催眠”と“超自然的体験”の隔たりが薄すぎるというのも、その理由のひとつかも知れません。(超自然的体験と霊的体験は違うという考え方がクリスチャンのあいだでは程度の差こそあれ幾らかはあるものなのだそうですが、そういった超自然的(スーパーナチュラル)への疑念の薄さという文化的背景もあるのかもですね)
話が少しそれてしまいましたが、要するに、変性意識状態という言葉に関係するものには、互いに技術を応用し合えるものがあるということです。催眠に応用できる手法としては、瞑想で用いられるものなどが分かりやすい一例でしょう。……次作を構想するとすれば、チャクラやリーボールなどを用いてみたいなと思います。

それでは、今回はこのへんで。
また次回!
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