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年末のご挨拶とTSに関して。

本年も押し迫って参りました。
皆様、いかがお過ごしでしょうか。TAKKです。
少し間があいてしまいました。久しぶりの雑記でございます。

まずはじめに、現在DMM様にて発売中の『Hypnotic Dystopia TypeA』が、
販売数200本を達成いたしましたことをご報告させて頂きたいと思います。
ご購入下さいました皆様、ならびに、Dystopiaシリーズの製作にご協力下さった方々に、
サークル一同より、厚く御礼申し上げます。
当シリーズの続報も近いうちにご報告させて頂きますので、
変わらぬご愛好のほど、何卒よろしくお願い致します。


TAKK最新作となる『Hypnotic TSF』も大詰めの段階。
年末ということもあり、声優様へのご連絡、調整等に手間取っておりますが、概ね順調。
年明け後、ひと段落した折にでも、進展のほどをお知らせできればなと考えております。

さて、今回の雑記は――“TSの魅力って?”というテーマでやってみたいと思います。
TS、もしくはTSFとは、異性への性転換を扱うフィクションである……と、ウィキペディアから引用してみても仕方がありませんので……例によって少し見方を変えて、“TSFとは何か?”を探るために、“これはTSFなのか?”と考えていきたいと思います。
TSFに最も近いジャンルのひとつは、恐らく、『女体化』と呼ばれるものではないでしょうか? というか、これは、ほとんど同義語として扱われているように思われます。実際、この別は非常に曖昧で――語義的なことに限って言えば、TSFは『男性→女性』への変化のみに限ったことではありませんので、『女体化』とは、より限定的な(同時に、無生物などの擬人化の一部も含む多義的な)表現であると言えるでしょうが――本質的な面での話となると、これはもうご当地ルールよろしく、各々のコミュニティー内で線引きするしかないのでは、と思います。一応のところ、二次創作系は『女体化』と呼称するという認識が強いように感じますが、明確に決められてはいないようです。
同じような曖昧さが、男の娘、女装+ショタ、TSFの三者間にも存在します。語義を根拠に、TSFと女装はイコールではないとするのは簡単だと思いますが、しかし、男の娘と女装ショタをイコールとすべきか否かでは議論が発生するでしょうし、また、その男の娘とTSFはイコールになり得るのか否かという点でも、一応の議論は必要でしょう。

そういうわけで……TSモノを出すにあたり、まずは『TAKKのTS観』を明示しておこうかしらと思った次第でございます。専門的な協議を重ねた結果ではありませんので、曖昧な定義になるやも知れませんが、その点は何卒ご容赦下さいませ。
さて、TAKKの考えるTSとは……主に、次の三点に集約されます。

1、性転換そのものに重点を置き、それに関わる心境の変化を追うものである。
2、変化は主観において不可逆的と認識されるものである。
3、基本的に受容的なものである。

1は、よく言われるTSFの定義のひとつですね。つまり、『女性の快感は男性の数倍という話だからそれを体感してみよう!』等というだけのものでは、TSFとしては不十分である……という主張ですね。自身が変化したことによる他者の変化(女性化した場合のよくある例としては、男性からの性的な視線を感じて不快に思うという描写など)や、価値観や性格の変化(細々したもので身を飾り、それを壊してしまわぬように女性らしく丁寧に振舞うようになっていく……あるいは、自身の肉体を自慢げに見せびらかして相手を手玉に取るようになっていくなどの過程の描写)が肝要だと考えます。TSFにおいての性衝動に関することは――3番で説明していますが――あくまでも、そうした心境の変化の副産物であるに過ぎないのだと思います。

2は要するに、某漫画のように『水をかぶると女になっちゃうふざけた体質。……あ、でもお湯かければ戻るよ』というようなインスタントな変化は、TSFとしては好ましくないということです。それはあくまでも女体化、もしくは変身(TF)であって、TSFではないのです。“元に戻ることできる”のであれば、それは、ただ単に特殊能力が付与されたというだけになってしまいます。……例えば、ハリーポッターで透明マントを得た主人公たちは、どうしたところでキャッキャウフフのジュブナイル的な心境でしかありませんが、同じ透明化でも、H・G・ウェルズの『透明人間』(映画インビジブルでもいいですが)で永続的に透明人間でいなければならなくなった主人公の心境はまるで違うわけで……これと同じように、変化の永続性を示唆しない『女体化』、ジキルとハイドのように徐々に蝕まれていくような作品以外の『変身』といったジャンルと、『TSF』というジャンルの間には、交わり得ないハッキリとした差異があるのです。ここで重要なのは、本人が『お湯をかければ戻る』というような情報を得ているかどうかという点です。仮に、例の赤いオサゲの女の子が『お湯をかければ戻る』という情報を知らないのであれば、それはTSFになり得るのだろうと思います。『主観において不可逆的と認識されている』とは、要するにそういうことです。

3でいう『受容的』とは、端的に言うと『相手がそう望んだから、自分はそうなるのだ』という思考のことを指しています。言い方を変えると『滅私奉公』――というと大げさかも知れませんが、ある種の、個の消失。他者(多くの場合、異性)の望みを鏡のように映す存在になるというわけです。ここで重要なのは『受容的である=性的にMである』とは限らないという点です。例えば――『Hypnotic TSF』がまさにそうなのですが――童貞ショタが交尾の仕方が分からず困っているなら、あなたはそれをリードする『年上の女性』となるし、同時に、男性諸氏なら妄想するであろう『どんなにイッても続くセックス』という直球ど真ん中の欲望を(一度、男性側に添付し)実現してあげることによって痴女的な存在ともなるわけです。むろん、相手が精力旺盛な男性で陵辱が好みであると感じられたならば、それに応じて、あなたは徐々に快楽の虜になるといった具合に性質を変化させていくのですが……何れにせよ、TSFにおける自己認識の原点は『相手が望む形』になる傾向があると思うわけです。なぜこんな発想になったかと言うと、台本執筆中、ふと『TS化した後、異性からの誘いを最終的にも拒む場合ってあるのかしら?』と考えたからです。少年誌など、媒体の限界で必然的に拒む形になることはあっても、本質的に受け付けないから最後まで拒み続けるという状況は想像できませんでした。

そんなわけで、総括。TAKKの考えるTSFとは!
女性化というに留まらず、何者をも受け入れる“女神化”――というか、自身の中に存在する(一般論ではなく、あくまでもあなた個人が思い描く)完璧な女性像の投影という意味で――自身の“偶像化”である。

以上でございます。
男性化を考慮に入れていない気もしますが……女性化を女神化とするなら、男性化は“神化”ですので、これは能力拡張などによる全能感の付与(HDTypeB以降のテーマのひとつ)に近いものだと思います。瞑想による変性意識状態、悟り(と感じてしまう何か別の多幸感)に近いものとすると、実現は難しくないと思いますが、アダルト催眠とするべきかどうかが悩みどころ。一応の概略として、仏陀とマーラの話を元にした『ブラック&ホワイト』的な作品は製作予定にありますが、これは神化というより、「ふたなりマーラちゃんが誘惑してきて、その誘いにのってセルフしちゃったらドライ失敗ってゲームは面白いんじゃないの」という感じ。TSFとは完全に別のお話なので、これはまたの機会にでも――

さて、長々と書き記して参りましたが、これが今年最後の更新になるかと存じます。
簡単ではございますが、本記事を、本年ご懇意にして頂きました皆々様へのご挨拶と代えさせて頂きます。
これからも精進して参りますので、来年もご贔屓のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。

一年最後が締まらない感じになってしまいましたが、
皆様は、どうぞお健やかに新年をお迎えになられますよう、お祈り申し上げます。

それでは、また来年!(たぶん)
TAKKでした。
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